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ヨアヒム・ローニング&エスペン・サンドベリ監督
『コン・ティキ』

崇高で危険な

文=

updated 06.27.2013

興味深いのは、その彼の狂信にあてられてクルーたちの意気も上がり続けるのかといえばそううでもなく、ひとりだけ熱意にほだされて自ら参加を名乗り出た元冷蔵庫セールスマンのヘルマンだけが、感情の上下を顕わにするだけで、ほかの連中はただひたすら、ついつい「北欧っぽい」と言ってしまいたくなる従順さで、ヘイエルダールに付き従うのだ。その姿は忍従というよりも、運命に身を委せていると言った方がふさわしいようにすら見える。

なにしろ、この航海が成功したことを我々は知っているから良いが、人類の冒険の歴史には、「愚かな試み」と嘲笑されながらほんとうに命を失ってしまった人間のお話だっていくらでもあるのだ。その冒険に巻き込まれて、名もなく死んでゆく者たちも大勢いた。

それでもなぜ、「自分の冒険は正しく、それ故に成功する」という信念を持つことができるのか。しかもどうやら、冒険は信念の強さに比例して成功するようにすら見えるのだから。

繰り返しになるが、答えは狂信にあり、狂信こそが人類を偉大な存在にもし、危険な存在にもするのであるという単純だが揺るがせない事実を、この映画はそのことだけをほぼ宗教そのものとして提示してみせる。もちろんそれが崇高なものであることは事実であるし、であるが故にこの小さな日常の時間を重ねるしか能のない我々にとってもある種の恩寵として感じされるのだ。

とにかく、思い込めさえすればいいのだ。今この瞬間からでも、崇高な日々を始めることはできる。という、ひたすらクールな作品の表層とは真逆のようにも見える、闇雲な衝動にいまさら火を点けられるという意味では、危険な映画であったりもする。

☆ ☆ ☆

『コン・ティキ』
6月29日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ新宿、渋谷TOEI他全国公開
公式サイト http://www.kontiki.jp
© 2012 NORDISK FILM PRODUCTION AS

 

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初出

2013.06.27 08:30 | FILMS