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ロマン・ポランスキー監督
『ゴーストライター』

嵐の夜、暖炉の前で

文=

updated 08.23.2011

作品の作り手に対してインタヴューをするときにいつも感じるのは、作品が素晴らしい場合、尋ねる事はほとんどないということで、実は優れた娯楽作品に関しても、優れているが故に語るべき事はほとんどないという事態が起こりうるのだということを、久しぶりに思い出させるのが本作である。

この映画を見たおおかたの人が、「圧倒的な職人技」と語るのだろうが、今回に限ってはそれに与しよう。ゴーストライティングで生計を立てている主人公が、元英国首相の自伝を手がけることになる。締め切りはたった一ヶ月。そのために、元首相の滞在する孤島に閉じ込められることになるが、作業が始まってみると、小さな謎の断片が徐々に大きな悪意の存在を示唆し始め、彼を少しずつ追い詰め始める。要するに、誰がどう見てもヒッチコック風の物語が、一切迷いのない手つきで語られてゆくのである。

もちろん、なにか圧倒的な見識が披露されるわけでもないし、世界の仕組み自体、サスペンスの構造自体が揺らぐわけでもない。だが、最後までただひたすら語りに釘付けになるだろう。ひたすら基本中の基本を極めることで到達した高み、と言ってしまうのはあまりに安易であって、その基本のあり方を知り尽くしていること自体が恩寵なのである。

ついつい声高になってしまったが、そんな大仰な話ですらない。冬の嵐の夜、暖炉の前で怪奇小説を読むに近い悦び、と呼んだら良いだろうか。

『ゴーストライター』
8月27日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほか全国ロードショー
配給:日活

□ オフィシャルサイト
http://ghost-writer.jp/

初出

2011.08.23 10:30 | FILMS