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SVが選ぶ “クリスマスは映画三昧!” Vol.3

吉田恵輔監督
『麦子さんと』

クスクス笑いと脂汗

文=

updated 12.20.2013

監督・吉田恵輔といえば、そのフィルモグラフィーのほとんどをオリジナルの人間ドラマ作品が占めるという、昨今の邦画状況を見渡すと奇跡のような作り手のひとりである。しかも、あながちに観客の涙を搾り取る方向ではなく、人間に対する意地の悪い温かさとでも呼ぶべき視線を保持し、クスクス笑いといたたまれなさが同居したエモーションを生成するという、もっとも企画書に落とし込みにくい作風によって、着実に歩みを進めてきた。彼が新作を撮れなくなったときにはこの国の映画産業の貧しさが底を打つだろう、という気持ちにすらなる。

さて、そんな吉田恵輔の新作『麦子さんと』は、堀北真希演じるところのヒロイン麦子が、遺骨を抱えて田舎町にやって来るところから始まる。町の住民たちは彼女の顔を見ると誰もが驚きを隠せない。骨壺に収められている母の若い頃にそっくりだというのだ。ところが、晩年のしょぼくれた母・彩子を演じるのは、余貴美子。いやいや、顔の骨格や大きさからして似ても似つかないでしょう! と声を上げたくなるのだが、そのうちに、似てなくもないという気分になってくる。その一点において、すでにこの映画は成功を収めていることになる。

『純喫茶磯辺』(2008)の主人公(宮迫博之)は、高校生の娘(仲里依紗)がいるくせにバイトの女の子(麻生久美子)に翻弄されてしまうし、『さんかく』(2010)では、恋人と同棲しているのに彼女の妹(小野恵令奈)によって骨抜きにされてしまう青年(高岡蒼甫)が主人公だったという具合に、一方で童貞スピリットの濃い男を中心に据えながら、もう一方では生々しい魅力を持った女性を造形できるという点もまた、吉田恵輔の面白い特長であった。

 

ところがこの作品では、童貞臭い目線は脇に置かれ、ヒロインをひたすら魅力的に描くという構造に力が注がれている。その点が彼の新基軸のように見えるかもしれないが、ヒロインが魅力的に見えるとはいっても、あくまで日常の中でリアルな魅力を放つというか、例えば今作における堀北真希のような圧倒的に時代とシンクロしたスター女優を、「本屋でバイトしている、ちょっと地味だけどよく見るとものすごくカワイイ」というくらいの次元に押し込めてみせ、しかもそこに違和感がない、ということであって、そういう意味ではこれまでの作品で証明されてきたとおりの能力を発揮しているということになるだろう。

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初出

2013.12.20 09:00 | FILMS