232-pc-main

マーク・ロマネク監督
『わたしを離さないで』

精緻な酷薄さ

文=

updated 04.14.2011

カズオ・イシグロによる原作では読者にとっては謎だが、その世界を所与のものとして生きる主人公たちにとっては当たり前であるが故に、明確に説明されることなく物語が進んでゆくというその部分を、まず冒頭で見せてしまうというアレックス・ガーランドによる脚本はさすがの手さばきと呼ぶほかないだろう。なにしろそれは設定であるに過ぎず、しかもその設定自体は、ひとつのメッセージに奉仕するものではなく、誰もが抱えながら、あるいは直面しながら生きているこの世界のあり方を凝縮・結晶化したものに過ぎないともいえるのだから。

そういうわけで主人公たちは宿命的に短い、だがそれがどれほどの短さなのかは知ることができないまま、黄昏の青春を生きている。短いが故に太く生きたとすらいえないような人生でもある。宿命のもつ意義を、自らの目で確認することもできない。

しかもこの映画では、そうした現実に対する抗いや、その現実によって生を規定された者たちへと外部から寄せられる優しさのようなもの自体が極めて残酷な仕打ちともなり得るという事実が、微かな皮肉と共に明確化されながら、それでもそれに対する怒りの行き先が見当たらないという非常に高度なエモーションの誘導が行われるのである。

監督マーク・ロマネクによる『ストーカー』(02)は、破綻のないことだけが取り柄の作品でしかなかったが、この作品は、破綻のない精緻な繊細さが、そのまま物語の酷薄さでもあるというような洗練を見せてくれる。

『わたしを離さないで』
TOHO シネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 他にて全国公開中
配給:20世紀フォックス映画


『わたしを離さないで』オフィシャルサイト
*プラットフォームによって表示されない場合もあります
http://movies.foxjapan.com/watahana/

公開情報

(C)2010 Twentieth Century Fox



初出

2011.04.14 10:30 | FILMS