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齊藤潤一監督
『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』

不在という不条理そのもの

文=

updated 02.15.2013

『平成ジレンマ』や『死刑弁護人』といった、語るべきことを語る良質なドキュメンタリー作品を生み出してきている東海テレビの監督齊藤潤一とプロデューサー阿武野勝彦による最新作と聞いて、なにはともあれ興味を惹かれたわけだが、今作の主演は仲代達矢とある。樹木希林や山本太郎の名もある。ということはドラマなのか? 再現ドラマかあ……とだいぶ覚悟を決めて見始めたわけだが、それは杞憂であった。

題材は、タイトルにあるとおり「名張毒ぶどう酒事件」と呼ばれる、1961年にわずか18戸の小さな村の集会所で発生し、5人が死亡した毒殺事件である。主人公は、事件から6日目に逮捕され自白、記者会見で謝罪までさせられた男、奥西勝である。彼はその後自白強要を訴え、無罪を主張しはじめる。

1964年の一審では、自白に信憑性がなく物的証拠も乏しいとして無罪を勝ち取るが、69年の二審では無罪判決が破棄され死刑が言い渡される。それから51年の過ぎた2012年、86歳になった奥西はまだ名古屋拘置所の中にいる。

 

というところからこの作品は始まる。すなわち、ドラマとしてその物語を再現したかったがために俳優が選ばれ、劇映画的な作りが選択されたわけではない。まさに、主人公である奥西本人の不在こそがこの作品のテーマなのだ。つまり、奥西を仲代達矢が演じなければいけなかったという事実そのものが、この事件における不条理そのものなのである。また、全編がドラマで構成されているわけでもない。事件当時の映像と、その後の取材素材などが非常に効果的に混交される。効果的というのは、そういった多角的な映像素材によっていつでも、奥西勝という人間のイメージの不在に行き当たるようにできているからである。

支援者たちと弁護団の活動により、奥西は幾度もあと少しで拘置所から解放されるというところまで辿り着くが、その度に、この作品を見る限り不条理というよりも非合理そのものとしか思えない裁判官の判断によってその希望を打ち砕かれてきた。おそらくはいつのまにか司法制度内の出世をかけた人びとにとって踏み絵となっているにちがいないこの事件について、まっとうな判断を下せる裁判官はいない、すなわちこの国の司法制度は明確に機能不全に陥っているというのが、ここで示される事実の一端である(奥西に死刑宣告をし、それを維持してきた裁判官は50人以上いると、弁護士は語る)。

 

こうして過ぎ去ってきた時間の流れの中で、奥西の両親はもちろん、支援者も亡くなり、息子までがこの世を去った。奥西本人の獄中死こそが、司法制度にとって八方丸く収まるエンディングなのだとするこの作品の主張は極めて説得力がある。特に3.11以降、この国についていかなる幻想も捨ててきたと考えている人間でも、憤慨せずにはおれないだろう。

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『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』
2月16日(土)よりユーロスペースにてロードショー他全国順次公開
(C)東海テレビ放送
オフィシャルサイト http://www.yakusoku-nabari.jp/

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初出

2013.02.15 15:00 | FILMS