183-pc-detail

齊藤潤一監督
『平成ジレンマ』

ピカレスク・ロマンとして

文=

updated 02.15.2011

この作品もまた、被写体の持つ強度が故に、面白くならないわけがないという種類のドキュメンタリーではある。その上で、本作は中立的な立場を模索する。それはとりもなおさず、「戸塚宏=悪人」という図式からの距離を意味するのだが、それはきわめてスリリングな企みとなる。なぜなら、犯罪者というレッテル貼りの持つ遠心力からの離脱は、戸塚の持つ強烈な求心力に身を晒すことを意味するのであるから。そして、戸塚の語る論理がそうした求心力を持ちうるのは、とりもなおさず我々の生きている社会がその論理を必要としているからということにもなる。その緊張感から、この作品の面白さはいっそう強度を増すことになる。

実際カメラは、そしてそれを通して我々もまた、ほとんど戸塚の論理に引きずり込まれることになる。「たしかに、体罰が禁じられた結果としてこんな“出来損ない”ばかりが育ち上がるのだとしたら、子供など動物のように厳しく扱ってやるのが正しいのではないか」、「たしかに、(教師らの)生活も質素そうだし、こんなこと(戸塚ヨットスクールの運営)を金儲けのためにやるはずもないのだから、社会の必要を一身に背負っているということになるのではないか」。我々はまんまと、そんな風に考え始めることになる。

しかしながら、スクールを「卒業」したものが遁走したり人権派弁護士事務所に駆け込む様子を作中眺めるにつけ、戸塚の方法論もまたさして有効性を示していないのではないか、と考えざるを得ない視点も差し挟まれる。だがこの作品の持つ流れの中でそうした事例を見ると、戸塚の失敗ではなく若者のダメさを示す実例にしか見えないこともたしかである。

もちろん、現在戸塚ヨットスクールでは、教師による体罰という方法論は捨てられている(ただし、生徒間での「いじめ」は、作中では示されないいくつかのルールの下で推奨されている)。ならば、体罰を復活させれば生徒はもっとよく「治る」のだろうかという素朴な疑問も湧くだろう。だがもちろんそれへの答えとは、治る人間は治るし、治らない人間にとってはそれ自体が外傷となり人格へのさらなる悪影響を及ぼす可能性がある、ということでしかないだろう。

いずれにせよ忘れてはならないのは、この作品は非常によく出来たピカレスク・ロマンなのであって、それ故の面白さと、戸塚宏という人間の語る論理の正当性とはまったく別の次元にあるということなのだろう。あまりに面白いので、ついついそのことを忘れそうになる。

『平成ジレンマ』
ポレポレ東中野ほか全国順次公開中

□関連イベント
トークライブ1
2/17(木) 19時の回上映終了後
<登壇者(予定)>
是枝裕和(映画監督)
齊藤潤一(『平成ジレンマ』監督)
阿武野勝彦(『平成ジレンマ』プロデューサー)

トークライブ2
2/19(土) 14時40分の回上映終了後
※この上映回は、東海テレビドキュメンタリー<傑作選>
『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日』の上映です
<登壇者(予定)>
松江哲明(ドキュメンタリー映画監督)

会場はともに「ポレポレ東中野」
住所:中野区東中野4-4-1 ポレポレ坐ビル地下
電話:03.3371.0088
http://www.mmjp.or.jp/pole2/


『平成ジレンマ』オフィシャルサイト
http://www.heiseidilemma.jp/
『平成ジレンマ』予告編

公開情報

(C)2010東海テレビ放送



初出

2011.02.15 08:00 | FILMS