「中島のてっちゃ」が歩いた路
秋田の人なら誰でも知っているという「中島のてっちゃ」。毎日の宿代を稼ぐために尺八を吹き、秋田市随一の繁華街「川反」を流していたのだそう。そんな「てっちゃ」の歩いた路を辿るように、秋田の街を二三日かけて放浪してみた。まずは以前訪れたときから気になっていた駅前の複合ビル「緑屋」。かすかなカビの匂いと傾いた床がアドベンチャー感を増していて、「秋田の九龍城」とでも言うべきカオティックな建物であることがよく分かる。駅前にもかかわらず「アニメイト」とリサイクルショップだけがこのビルのテナントを埋めている閑散とした状況で、リサイクルショップの奥でひっそりと営業中の卓球場の係員のお兄さんが優しいことが非常に印象に残っている。
ガチャガチャなどを駆使しながら余りに余ったボイドスペースをいい感じに隠している的な風景。逆に扉の向こうが気になって仕方がない。
もはや観光名物になった「民謡会館」
駅前から10分ほど歩くと、こちらはスナックのデパートとも言うべき観光名所、「民謡会館」(上写真)がある。二階に上がると、正直、遊園地のアトラクションかというくらい床がひずんでいる。というか、坂になっている。昼間は閑散としているものの、夜になると煌々とネオンが光り、各店から歌声が聞こえてきた。秋田のトリビアであるが、東北にもかかわらず、演歌が嫌いで民謡が好きな県民らしい。
川反のバラック街を練り歩く
繁華街の川反、大町辺りを散策すれば、バラックで出来た「千秋小路」にたどり着く。この場所で44年お店を続けていたというママの話によれば、すでにお店を始めたときから建物はボロかったという。この街は、建築という建築すべての立ち居振る舞いが危うい。秋田が誇るあの有名な土方巽の言葉を借りれば、まさに「命がけで突っ立った死体」のようだ。
闇にグラデーションがあるということがよくわかる。キラキラした夜街の襞。
本書(『大人が作る秘密基地』)でも書いたことだが、秘密基地という言葉には、「外から見る視点」と「内から見た視点」の両方がある。見知らぬ街を歩く時の感覚は、どちらかといえば前者の立場、つまり「奇異なものを見る目」でものを見ることしかできない。しかし、バラック街のドンツキのスナックにダイブする勇気があれば、異国の人間でさえ、隠された「内側から見た視点」を一瞬、かいま見ることができるだろう。街の至る所が秘密基地化している秋田を歩いてみて、まさにこうした視点の往還の重要性を再確認した。
この街は、街全体が穴だらけである。デパートの飲食店フロアの、空いたスペースに置かれたベンチが悲しい。ボイドスペースが街を覆い尽くしている。中心地に廃ホテルが堂々とそびえている。建築物はどこまでも痛んでいる。しかし、秋田の人々は明るい。酒が美味い。焼け野原に自分の城を建てるかのような、粋なリノベーションを施した店もたくさんある。だからなんだという話ではある、しかし……とにかく穴だらけの街で「内側の視点」を獲得することができた人々にとっては、ボイドスペースは可能性の宝庫だということだ。こういう土地にこそ、とんでもない秘密基地が生まれるかもしれない。
参考1:『大人が作る秘密基地』 http://www.amazon.co.jp/dp/4907583125