なにかとんでもないことが起ころうとしている。それが何なのか一向にわからないが、取りかえしのつかないことが起こりつつあるという圧倒的な気配だけが空気をふるわせている。
これはデイヴィッド・リンチの新作だったっけ? とつい首をひねってしまうくらいに不穏なテンションだけが高まっていく。空っぽの廊下に向けられる視線。その廊下をじんわりと進むカメラ。赤と青の灯り。涙ぐみながらカラオケを熱唱するおっさんとそれを静かに見守る制服警官たち。
いや、何が起こっているのかがわからないのではない。今我々が目にしているのはムエタイの試合だし、その会場を経営していると思しき白人たちの姿やそのうちのひとりが街に繰り出し、売春婦を惨殺するということに曖昧な点はなにもない。その現場に現れるひとりの警官(チャン=ヴィタヤ・パンスリンガム)。その導きにより、売春婦の父親は白人を嬲り殺す。やがて降り立つ白人女。二人の母親である彼女は、生き残った弟(ジュリアン=ライアン・ゴスリング)に復讐を命じる。
警官は正義の暴力を、白人は復讐の暴力を行使する。行使された暴力をそのまま行使した者に償還するのが復讐であるし、正義とは犯された罪に値するものを返還する行為である。それ故、復讐と正義は現象として同義語となる。かくて、ジュリアンとチャンとの、合わせ鏡のような戦いが続く。
悪趣味なまでの暴力にみちているし、どう考えてもノワールというカテゴリーの中に入る要素だけで物語は構成されているのだが、イヤというほど過剰なスタイリッシュさと、ほぼ精神障害の域に侵入しているとしか思えない不穏さの強度によって、この映画が結局のところどこに着地するのか、最後までスリルが途切れない。しかもそんな風に大まじめな顔つきをしているくせに、いや、だからこそ、最初から最後までクスクス笑いを絶やすこともできない。
だが、まったく持って悪くない。「これこそが映画である」と作り手に言われたら、そんなことはないし、「これは隘路のような映画であって、この先に道は開けていない」と即座に答えるだろうが、面白くないのかと問われれば、面白いと答えよう。楽しくないのかと尋ねられれば、けっこう楽しいと答えよう。そんな映画である。
☆ ☆ ☆
『オンリー・ゴッド』 1月25日(土)、新宿バルト9他全国公開 オフィシャルサイト http://onlygod-movie.com/ (C)2012 : Space Rocket Nation, Gaumont & Wild Bunch 配給:クロックワークス、コムストック・グループ |
関連記事:エドゥアルド・サンチェス監督ほか『V/H/S ネクスト・レベル』『ゼロ・グラビティ』
関連記事:ダニス・タノヴィッチ監督『鉄くず拾いの物語』
関連記事:ミカエル・ハフストローム監督『大脱出』
関連記事:『キューティー&ボクサー』監督 インタビュー
関連記事:マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督『フォンターナ広場——イタリアの陰謀』
関連記事:吉田恵輔監督『麦子さんと』
関連記事:ジム・ジャームッシュ監督『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
関連記事:『楽隊のうさぎ』鈴木卓爾監督インタビュー
初出
2014.01.23 10:00 | FILMS