ひとりの税関職人がいる。密輸を目こぼしするかわりに小銭を受け取ったり、仲間と共同で押収品を便所の天井裏に隠したりすることでなんとか家族を食わせているという、小悪党ですらないような男である。なにしろ、仲間の職員は全員同じことをしているし、そもそもそういう役得にありつかんがためになけなしの金を袖の下につかって就いた職業であるらしい。
そんな彼、チェ・イクヒョン(チェ・ミンシク)があるとき、ふとしたことから、扶養家族の数がいちばん少ないことを理由に、世間に対するスケープゴートとして職を追われることになる。その時から、この男の足掻きに似た戦いがはじまる。
もちろん腕っ節が強いわけでもなく、押し出しの圧倒的な強さを持っているわけでもない。ただ、幇間めいた低い位置からの粘り腰で、相手を絡め取る才に長けている。絡め取るといっても、プライドを捨てて地面に這いつくばり、最初は不潔な虫けら扱いされながらも隙をうかがい、いつのまにか絡みついているといった方が正しいだろう。
とにかく、記憶の奥底からほんの微かな人間関係の繋がりを掘り起こしたり、家系図を持ち出し遙かな縁戚関係に目をつけたりと、韓国社会の因習を巧みに利用することで極道社会と一般社会の狭間を泳ぎ渡り始めるのである。
最初に絡め取られるのが、偶然押収した覚醒剤を裁くルートとして紹介されたヤクザ者、チェ・ヒョンベ(ハ・ジョンウ)である。当初はプロフェッショナルな取引をはみ出てくる鬱陶しいオッサンだとしてボコられるのだが、イクヒョンの方は縁戚関係を探し当て、それを盾に、目上の「大叔父」という立場を築き上げ、共闘関係に収まる。いわば頭脳と拳のコンビということになる。
そういうわけで、この映画にはギャングものの胸をすくような暴力はない。暴力はいつでも、一抹のイヤな気分を残す過剰なものとして行使され、むしろ、主人公であるイクヒョンがタコ殴りにされるシーンだけが、「そりゃそうなるよな」という共感を呼んだりする。当然のことながら、安定した人間関係はひとつもない。信頼もなければ仁義もないのである。
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初出
2013.08.29 09:30 | FILMS