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ユン・ジョンビン監督
『悪いやつら』

老練なまでの成熟した人間観

文=

updated 08.29.2013

この映画が真に成功を収めているのは、まさにその点にある。検察官、警察官、税関職員その他もろもろ全員が腐敗し、というよりも社会全体が姻戚関係を基礎に置く上下関係の錯綜したネットワークによってがんじがらめにされている様が、いやむしろ人間たちの方が欲望とそれによって起動された必要性に従ってそのネットワークを顕在化させ、利用しているという現実があからさまに描かれていくわけだが、社会派的な正義感を惹き寄せることはない。ひとりひとりの、とりわけ主人公のような唾棄すべき人間に対する価値判断が下されることがないのだ。要するに彼らは、ア・プリオリに「悪いやつら」としては提示されないのだ。

つまり、見ていて誰ひとり心底嫌いになる登場人物がいない。それはもちろん、誰ひとり心から感情移入して見つめたくなる登場人物がいないということでもあるが、それでも、ここまで極端に振れた人間たちを描いていて、しかも通常であればどう考えても告発調にならざるを得ないはずの題材と真正面から向き合って、この距離感というのはどうしたことなのだろうと驚かずにはおれない。実際、距離感と書き付けるのですら違和感が残る。

神の目によって冷たく対象を観察するというわけでは決して無く、どこまでも主人公の傍に寄り添っていながら、最後まで、結局のところこの男は身勝手な欲望だけに従っていたのか、はたまたほんとうに必死に生きていただけなのか、当初は相棒を思うアツい心を持った事があったのにもかかわらず弱さ故に己の欲望を優先させることにしてしまったのか、あるいはそもそもいつでも必要なときに全員を裏切る強かさを持っていたのか、という疑問に対してハッキリした答えを得たと感じさせられることがない。おそらく、そのすべてであったのだろう、ということだけはわかる。そして人間の生きる道程などというものはすべからくそういうものなのだろうということも。

 

そういうわけで、80年代釜山の小悪党たちが蠢く姿を描いた、我々の生活からここまで遠い世界はないというくらいに無関係な映画だが、実は極めて普遍的な人間の物語を語っているのである。しかもその内容というよりも、語り口そのものによって、それを感じさせるのだから、タダものでないことは確かである。そして、この老練なまでの成熟した人間観を持った作品を撮り上げたのが、1979年生まれの男だというのだから、ちょっとイヤになる。

☆ ☆ ☆

『悪いやつら』

8月31日(土)よりシネマート新宿、9月14日(土)よりシネマート心斎橋ほか全国順次公開
公式サイト http://waruiyatsura.com
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初出

2013.08.29 09:30 | FILMS