映像のスタイルそのものは、これまでにないほどクラシックにも感じられる。だがそこにはたしかに、「メルド」で試みられたやぶれかぶれギリギリのファルス(笑劇)を通り過ぎたからこそ可能になったであろう軽さと自由さがある。この軽さは全体に行き渡っていて、我々をひとつの断片から次の断片へと、常にクスクス笑いと共に誘い続けるのだ。
最近、「自分が寡作の作家であることは間違いない。でも、私は一作ごとに自分自身が生まれ変わらなければ次の作品を撮ることができないのだ。毎年生まれ変わるなどということは不可能なのだから、こうならざるを得なかった」というような意味のことを話す、カラックス本人の言葉を耳にした。ある事情からそれを聞いた後で、本作を見ることになったのだが、まさにその「生まれ変わり続ける」ということそのものを一本の映画の中で実行に移したのが、この作品だった。
『ポーラX』(99)からの13年間に、懐胎されては消えていったであろう無数の生まれ変わりたちの残響すべてがここにあるはずもないが、それでも、ここに集められた各断片からそれぞれ独立した一本の映画を想像してみるという楽しみ方もできる。いやそれよりむしろ、このような形に結実して良かったのだと考えてみよう。『Tokyo!』(08)の後にインタヴューをしたとき、冗談めかして、といった雰囲気で語られていた「メルド、ニューヨークに現る!」企画も、もちろん大まじめに追求され頓挫したのだという。だから、この映画にもメルドが登場する。メルドはここに収まるべくして生まれたのだ。
頓挫の果てに、カラックスでさえある瞬間「もう撮影せずにはいられない!」という気持ちになり、低予算で素早く撮り上げるという条件を自らに課したのだそうだ。やけっぱちではない。間に合わせでもない。この映画が我々の人生の断片として成立し得たがゆえに、我々もまた次の「アポ」へと進めるのだ。
そういう意味で、この映画には諦観の果てにのみ到達しうる静かな昂揚と力が充溢している。我々はそれを受け止めて、前進を続けるほかない。
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『ホーリー・モーターズ』
4月6日(土)、ユーロスペースほかにて公開 全国順次ロードショー
© Pierre Grise Productions
公式サイト http://www.holymotors.jp/
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初出
2013.04.05 10:00 | FILMS