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ウルリヒ・ザイドル監督
『パラダイス:愛』『パラダイス:神』『パラダイス:希望』

強い肯定の世界認識

文=

updated 02.20.2014

ひとりの50代女性が娘を姉の家に預けて、ケニア旅行に出かける(『愛』)。その目的は「セックス観光」で、西欧的ジェンダーが身に染みこんだ彼女は、なかなか最初のステップを踏み出せないが、それを乗り越えた後はひたすら悦楽の探求にいそしむことになる。 彼女の姉は、ひとり自宅で賛美歌を歌い、キリスト像を前に自らを鞭打ち、聖母像を抱えて布教活動にいそしんでいる(『神』)。それは狂信というよりも性愛のかたちをとっている。そこへムスリムの夫が突如エジプトから帰国し、キリストと彼女との間の均衡に割って入ることになる。 母親がケニア旅行に出かけている間、13歳の娘はダイエット合宿に参加している(『希望』)。合宿所には同じ体型の少年少女たちが集まっているが、彼女は中年過ぎの医者に心を惹かれ、積極的なアプローチを続ける。 ある家族の女性三人が主人公であり、物語はおなじひとつの世界の中で展開されているが、それぞれ作品として自律している。だから、見る順番に拘る必要はない。それがこの『パラダイス』三部作である。 とはいえ、「展開されている」と書くのには少々違和感がある。どれもが、ドラマとしてのスタンダードな構造を持った脚本を基に撮影されているようには見えないし、実際のところ、シーンごとに何が起こるのかということについての詳細な脚本はあるが、そこにセリフは書かれていないし、個々のシーンがどのように関連し合うのかについてはあらかじめ決められていなかったのだそうだ。全体の構造と物語は、編集作業の中で見いだしてゆく。だから、当初から三部作として企画されたのではない。機能する映画の形を求めて80時間もの素材を編集していった結果として辿り着いたのが、三本の独立した長篇映画という形式だったのだという。

『パラダイス:神』(原題PARADISE: Faith/2012年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞/ 113分/出演:マリア・ホーフステッター、ナビル・サレー) また、出演者の中には、職業俳優もいれば、完全なるアマチュアもいて、そこには境界線が存在しない。そう書き付けてゆくと、例えばアッバス・キアロスタミ映画のような作品を想像するかもしれない。だがこの作品は、驚くほどの娯楽性を持っている。TVのリアリティ・ショーやフェイク・ドキュメンタリーに晒されきった我々の目には特に、ドキュメンタリーすれすれのドラマとして、ストレートな意味で、面白いのだ。 たしかに、極端に禁欲的な(というより完全に絵画的な)フィックス・ショットが差し挟まれたりするなど、物語上どのような機能を果たしているのかひとめで判断のつかないショットもある。だが、単に審美的だったり、雰囲気作りのためだけのショットではないことがすぐに理解される。間違いなく、機能することだけを求めて編集されているのだ。 では、機能するとはどういうことを指すのか? それは明らかに、「自分ならどうだろう?」という感情移入であり、主人公たちの経験がすなわち我々の生きている世界そのものであるという感触だろう。 なにしろ、三人のヒロインは揃って「デブ」なのだ。『愛』では、現在のグローバル・スタンダードな美の基準からすれば「女性」ですらないランクの太った中年女性が、経済力の行使を通して「性愛」を獲得する。『神』は一見孤独に見えるこれまた「デブ」の中年女性が、「神」との間に充実した性愛関係を結んでいるというお話なのだ。いわば、前者は外部への逃走、後者は内部への逃走によって女性としての「性愛」を奪回するというお話なわけで、そういう意味では彼女たち自身にとって、それは闘争そのものでもある。
『パラダイス:希望』(原題:PARADISE: Hope/ 2013年ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品/ 91分/出演:メラニー・レンツ、ジュセフ・ロレンツ) では、娘の物語はどうか。これまた「デブ」である彼女は、「デブ」なまま中年男を揺り動かす。男たちは彼女の中に特別な性的魅力を見いだすわけだが、それは「若さ」という価値にほかならないだろう。「デブ」というマイナスの価値を凌駕する「若さ」というプラスの価値が枯渇した時、彼女もまた母や伯母のような闘争を組織しなければいけなくなるのだろう。 それは絶望的な諦観だが、全編を通して深刻ぶった悲壮さが感じられないのは、断罪の調子や嘲弄の影、あるいは露悪の快楽が一切見当たらないからだろう。「デブ」たちを笑うのは勝手だが、現在を生きる人間とはこういうものだし、現実の中に「パラダイス」を見いだそうというあがきそのものの中に「良い/悪い」はない、という強い肯定の世界認識がある。 三作を見て残るのは、そういう爽やかな印象であった。 (トップ/『パラダイス:愛』(原題PARADISE: Love/2012年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品/120分/出演:マルガレーテ・ティーゼル、ピーター・カズング))

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『パラダイス:愛』『パラダイス:神』『パラダイス:希望』 2月22日(土)より、ユーロスペースほか、全国順次ロードショー オフィシャルサイト http://www.paradise3.jp © Vienna2012 | Ulrich Seidl Film Produktion | Tatfilm | Parisienne de Production | ARTE France Cinema 配給:ユーロスペース

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初出

2014.02.20 09:30 | FILMS