SVが選ぶ “クリスマスは映画三昧!” Vol.2

ジム・ジャームッシュ監督
『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』

カルチャー・ゾンビ

文=

updated 12.19.2013

幾世紀も続く生に倦み果てた吸血鬼たち。その倦怠を貴族の退廃に重ね合わせるというのも、現代のヴァンパイアものにおけるなじみのイメージではある。そういう意味では、この映画もまた想定の範囲内におさまる。しかもジャームッシュによるものであるから、様々な記憶が引用・参照され、全体として先鋭的な文化スノビズムを形成するであろうこともまた、予想されることではある。

実際、この映画の主人公アダム(トム・ヒドルストン)は、孤高の伝説的ミュージシャンとしてデトロイトに隠棲しながら音楽を作り続けている様子だが、自らを熱狂的に愛するファンたちを含めた人間全体を「ゾンビ」と呼び、己はアンティーク楽器そのものやそれらが奏でる音楽、あるいは「ゾンビ」が気づくことのないささやかな地上の「美」に出会う瞬間を愛することで、緩慢に流れる時間を過ごしている。もちろん、その倦怠に耐えきれず自らの死を夢想し、唯一吸血鬼の命を奪うことのできるという銃弾を弄んだりもしている。

素直な観客ならば、吸血鬼たちの甘美な自己憐憫の空気に酔いしれながら、さっそく彼らのセリフのひと言ひと言をご託宣のように受け止め、解釈をはじめてしまうことだろう。解釈のためのキーワードには、例によって事欠かない。

だが少し考えればわかるように、いつまでも死ねない「ゾンビ」とは彼らの方ではないか。文化というものの呪いから覚めることない「カルチャー・ゾンビ」と呼んでも良いだろう。少数の者にしか理解されない「美」をこよなく愛し、それを理解できぬ者どもは「畜群」と蔑み、返す刀で、理解しているつもりの者たちをもまた、多少はましな存在ではあっても「愚鈍な消費者」に過ぎないとして斬り捨てる。

ますます「畜群」と「愚鈍な消費者」は世界を埋め尽くし、「我々」の数は絶望的に少なくなってしまった。もはや、おなじレベルで「文化」を語り合える者もほとんどいないし、生きてゆくためには、「美」と無関係のおぞましい「仕事」(彼らの場合は血液の闇取引)を続けなければならない。それはすなわちジャームッシュ自身の姿であるだろうし、我々の姿にほかならない。いまわしいまでに憐れな連中ではないか。呪いが解けることは金輪際ないのだ。

 

そうした両刃の構造を呑み込んだことで、この映画は必然性を獲得し、成立し得た。そしてその必然性によって我々は、主人公たちの口にする蘊蓄やら教養に充ちた諧謔、それから例えば廃墟と化したデトロイトのダウンタウンの景色が持つ美しさといったものを、どこか痛がゆさを感じながらもある程度以上のシンパシーを持って微笑ましく受け止められるようになるというわけだ。

当然のことながらそこには、彼らの吐く言葉が御託に過ぎないという事実を了解しているという前提があるわけで、その微笑みの中には、その御託をありがたく生真面目な熱狂と共に押し頂く「愚鈍な消費者たち」へ嘲りも含まれている。我々は幾重にも呪われているのだ。

 

要するに、この映画を素直に受け止めるのは「ゾンビ」的な愚行にすぎないのだが、その事実を自覚していても「ゾンビ」であることを免れない。だから、というかその一点においてこの作品は面白いし、見られる価値があるし、楽しいということになる。思えば、前作『リミッツ・オブ・コントロール』は、字義通りに受け止めることで面白さを発現させる映画だったが、この作品はねじれながらもほぼその真逆であるという点もまた、すこし興味深い。

ところで楽しいと言えば、吸血鬼たちが地球上の大距離を移動するには、夜間飛行便を乗り継ぐよう繊細に旅行プランを組み立てなければいけないとか、時間が余りすぎて彼らだけが進化させてしまった科学技術があるとか、いかにもジャームッシュ的な、身も蓋もないディテイルも盛り込まれているので、安心していただきたい。

☆ ☆ ☆

『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
12月20日より、TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館 他 全国ロードショー
オフィシャルサイト onlylovers.jp
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初出

2013.12.19 15:00 | FILMS