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ポン・ジュノ監督
『スノーピアサー』

もはやポン・ジュノですらない

文=

updated 02.05.2014

極寒の地と化し生物の死に絶えた地球上を、一本の列車が疾走し続けている。人類の生き残りたちが、その中で生活しはじめてすでに17年が過ぎた。資源も空間も限られた車内は、貧困層と富裕層との間に厳格な階層分けがなされている。前者は最後尾の車輌群に押し込められ、富裕層は先頭部分で優雅に生活している。

貧困層の生活地区は潜水艦や強制収容所を思わせる窮屈さで、薄暗く不潔な中に大勢の人間がひしめき合っている。主人公カーティス(クリス・エヴァンス)はその一員で、精神的な指導者であるギリアム(ジョン・ハート)の助言を仰ぎながら、反乱の機会を狙っている。

反乱は、車輌と車輌を分かつ扉を開け、最後尾空間を脱出し、先頭車輌へと突進することによって現実化される。過去に幾度か反乱は起こされているが、ある車輌よりも前に進めたことはない。この、反乱=前進というどこまでもわかりやすい構造が、娯楽映画としてのドライヴを極めて映画的に生成する。

カーティスが、なにやら暗い過去を抱えながらひたすら前進だけを目指すのに対して、列車の構造を熟知した技術者としてその蜂起を手助けするハメになるジャンキーのナムグン・ミンス(ソン・ガンホ)は、主人公らの前進運動に対して醒めた視線を保持することによって物語に笑いを導入し、映画全体の風通しを良くする。その風通しの良さは、登場人物たちを捉えている世界観の綻びをももたらすことになる。

ちなみに、最後尾 → 最先頭という風に、物理的な移動がヒエラルキー上の移動に合致しているという風景は、『未来少年コナン』におけるインダストリアの、地下 → 地上へと上昇してゆく社会構造を思わせる。しかも、ジョン・ハートの風貌は、どことなくどころか『コナン』における「おじい」そっくりそのままなわけで、ポン・ジュノがそのことに自覚的でないわけはないだろう。

とはいえ、主人公カーティスはコナンのように万能ではない。いつでも仲間を守れるわけでもない。その前提があるからこそ、ひとつの扉が開くごとに文字通り目の前に拓ける新しい風景や困難と向き合う瞬間、サスペンスの強度がどこまでも高まるのである。

この映画でポン・ジュノが見せるのは、決してなにか全く新しい、誰も見たことのない世界ではない。むしろ、ひとつまたひとつと展開されるものは、どれも既視感や懐かしさと同時に、物語に身を委せてよいのだという安心感を与え続ける。もちろん、我々は上述のサスペンスによって支配されているわけで、その事実を自覚することはなく、ただ完全に「持って行かれている」状態にあるだけなのだが。

 

さて、そのサスペンスにしても、常に張り詰めていれば良いわけではない。弛緩と緊張のバランスとタイミングを繊細にコントロールしない限り、観客はすぐに鈍磨することになるだろう。この映画において我々を痺れさせるのは、まさにその緩急の間合いなのだ。

たとえば、主人公たちが前進をはじめてしばらくすると、このまま勢いで突破していけるのではないかという楽観的な空気が微かに流れ始める。そう感じた瞬間、開いた扉の向こうに、拷問人のような扮装の屈強な男たちが、手斧を持ってぎっしりと並んでいる姿を目にすることになる。だが、すぐに乱闘は始まらない。殺戮の前の瞬間はギリギリまで引き伸ばされ、緊張が頂点に達したところで血糊が飛び散り始めるのだ。

しかもその戦いのさなか、列車が地球上を一周(=一年)走り抜けたことを示す「エカテリーナ橋」を通過し、新年を祝うために一瞬、全員の動きが止まる。その直後、列車は長いトンネルの中へと進入し、暗闇の中で一方的な虐殺が開始され……という具合に、一連の動と静が極めて巧みに、それぞれが互いの強度を極大化する間合いで繰り出される。

 

映像にも、物語の論理構造にも、破綻は一切無い。先頭車両に住まう「神」とも称されるウィルフォード(エド・ハリス)を描写するに際しても、思わせぶりにぼやかされることはない。まさに、はじめて『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)を見た観客が感じたような牽引力とスピードをもって、我々は最後まで引きずり回されることになるのだ。

そういう意味でこの作品は、概念としての娯楽映画を示す「ハリウッド映画」以上に「ハリウッド映画」だし、もはやポン・ジュノ作品ですらないといえるだろう。ポン・ジュノの自意識を鬱陶しく感じさせられる瞬間はどこにもない。そして、その事実を取り上げて批判を加えるのは、的外れ以外のなにものでもないだろう。『吠える犬は噛まない』(00)から『殺人の追憶』(03)への跳躍と同じ質の、だが比べものにならいほどの距離が、ここでは跳ばれているのだ。

とことん楽しめる、それ故立ち直れないほど打ちのめされた映画だった。

☆ ☆ ☆

『スノーピアサー』
2月7日(金)、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
オフィシャルサイト http://www.snowpiercer.jp
©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED

 

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初出

2014.02.05 09:00 | FILMS