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白石和彌監督
『凶悪』

耐え難くやりきれない日本の息苦しさ

文=

updated 09.24.2013

このようにして我々に直結された事件は、ようやく我々の目の前で、“凶悪な”相貌を見せる。後半に訪れる祝祭めいた嬲り殺しのシーンがやってくる頃には、己の不徳が故にその場に居合わせてしまったというような居心地の悪さに息が詰まりかけることだろう。

それに耐えながら見つめていると、凶暴でバカなヤクザ=ピエール瀧、そのヤクザを手先に使い殺人によって金を生み出してゆく“先生”と呼ばれる不動産ブローカー=リリー・フランキー、義母の介護のため心身共に追い詰められている主人公の妻=池脇千鶴といった、見慣れた面々たちもまた、奇妙に生々しく陰惨な匿名性を身にまとう瞬間が訪れる。それは、固有名によって役柄と切り離されてあるはずの俳優たちの肉体が、事件そのものと一体化し、我々に直結する瞬間であるということもできるだろう。

このようにして様々な次元の距離を無化してみせるこの作品は、正にその一点において数多の「実録猟奇殺人もの」とは決定的にことなるのである。「どれだけヒドイ事件を見せてくれるのかなー」という観客の抱くスケベ心を正面から受け止め、それをそのまま観客に向けて突き返してやることで、たしかに「イヤなもの」を見せてやる。その中には観客自身の現実も含まれているという狙いどころ。要するに、露悪的な戯れでは微塵もないのだ。

 

そういう意味では、優等生的といってよいほど生真面目だし、風通しが悪いと感じさせるかも知れないくらい丁寧に作り上げられている。実際、監督の欲望の8割以上は達成できているのではないだろうか。そこから、「もっと破綻を怖れずはじけてくれたら」という贅沢な批判もあるかもしれない。

だが、凄惨な出来事から限りなく距離を置くことで哄笑を誘う露悪的なコメディとは真逆のものを目指したこの映画は、正に、その弾けきれないことの耐え難くやりきれない息苦しさ、すなわち日本の現実そのものを現出させているのであって、そのことに失敗しているとは誰にもいえないだろう。要するに、面白いのだ。

☆ ☆ ☆

『凶悪』
新宿ピカデリーほか全国ロードショー公開中!
公式サイト www.kyouaku.com
(C)2013「凶悪」製作委員会

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初出

2013.09.24 09:30 | FILMS