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孤独のガチャガチャ6

荒川区西尾久「あだちや」編 その二

文・写真=

updated 09.20.2016

駅を出て、まず初めに目に飛び込んでくるのが、荒川区が誇る便の結晶、失礼、美の結晶、“OKUトイレ”です。駅名をローマ字読みにした「OKU」を、そのままトイレのデザインに反映するという、謎の美的感覚で建てられました。材料はすべて大理石。世界中から一流の職人を集めて20年掛けて作られ、その典雅な佇まいから「海の上のアルプス」、「森の貴婦人」などと呼ばれているとか。嘘ですが。

思い切ったデザインのトイレですが、このトイレ目線で考えると、先の「おぐ・おく」問題は、勘違いとはいえ「おく」に軍配が上がって良かったのかもしれません。構造上、「G」よりも「K」の方が、車いす用のトイレにバリアフリーで入りやすい気がします。ひょっとして、時代を先取りした勘違いだったのでしょうか? どう贔屓目に見ても違いますね。

駅前の大通りを渡ると「株式会社ヤマックス・エステート 尾久駅前店」があります。ここには、最近建て替えられてしまったのですが、かつては「株式会社文明堂銀座店尾久店」という、実にややこしい名前のお店がありました。正真正銘の正式名称で、長崎にあるオリジナルの文明堂が銀座に支店を出し、これが独立して「株式会社文明堂銀座店」という名の会社となり、さらにその支店としてここ尾久に作られたのが「株式会社文明堂銀座店尾久店」だったのです。

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ちょっと分かり難いので、江戸期の徳川将軍家における主従関係に例えると、長崎の「文明堂」が徳川将軍家、「銀座店」が、直接の家臣である直臣(大名や旗本)、「銀座店尾久店」は将軍家とは直接の主従関係を持たない陪臣(大名の家臣)ということになります。陪臣は大名並の石高を持っていても、将軍に直接謁見出来ないという厳しい身分制度があったわけですが、時代が時代なら、「株式会社文明堂銀座店尾久店」の店主はお目見え以下となり、株式会社文明堂総本店の社長に会うことは出来なかったということになります。こちらの店主は、版籍奉還を断行した明治政府の元勲に脚を向けて眠れませんね。残念ながら「株式会社文明堂銀座店尾久店」は、さらに会社化するほど活況を得ず、あえなくお家取り潰しとなってしまったのですが、まさに「株式会社ヤマックス・エステート尾久駅前店や 兵どもが 夢の跡」です。

さて、だいぶややこしい話をして参りましたが、今回私が目指すのが、「駄菓子屋 あだちや」です。尾久駅から北へ1キロ弱進んだ所、あらかわ遊園という、荒川区が誇るテーマパークの近くにあります。わくわくメルヘンランドというキャッチコピーですが、テーマは「荒川区」なので、「わくわく=下町情緒」、「メルヘン=義理人情」とでも脳内変換していただければ、落胆も最小限に抑えられるでしょう。さて、件の「あだち屋」ですが、尾久駅から徒歩10分ほど、五体投地でも1時間程度の距離です。というわけで、今回は比較的時間と体力と羞恥心に余裕があるので、五体投地で進んでみようと思います。

尾久駅からあだち屋までは、西尾久とよばれる地域を進んでいくのですが、この辺りはかつて「阿部定事件」の現場となった「待合」が密集していた地域です。待合とは、京都で言うお茶屋に相当するもので、芸者さんと遊んだり飲み食いしたりする場所のことです。待合に加えて、芸者置屋、料理屋の三つの業種が寄り集まって花街となるわけですが、西尾久も昭和初期くらいまではそんな街でした。今ではなんの変哲もない住宅地となっていますが、90年台の後半くらいまでは、往時を偲ぶ建物が残っていたそうです。

残念ながら今は近代的な建築物しかありませんが、代わりにここ西尾久で現在もっとも熱い場所「スーパーバリュー 西尾久店」をご紹介します。ここは生鮮食品などを格安で取り扱う普通のスーパーなのですが、熱いといっても、アイスが常時三割引きとか、有機野菜を取り扱っているとか、そういうことではありません。非常に独特な佇まいをしている、というのがその理由です。下の画像をご確認ください。これは、グーグルマップで頭上から「スーパーバリュー 西尾久店」を見下ろしたものになります。赤枠内が「スーパーバリュー 西尾久店」です。やや歪ですがコの字となっていることがお分かりいただけると思います。

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駐車場を二つに隔てるこの不可解な窪みは一体何だろう、そう思われた方は、次の画像をご覧ください。

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そう、民家なんです、普通の。しかし、場所が普通ではありません。スーパーの駐車場内に割って入ったような形で建っています。「スーパーと民家」というごくありふれた風景も、フォーメーションひとつで、意外なほどの違和感や新規性を醸し出してくれるようです。ハリルホジッチ監督にもぜひ参考にしていただきたいものですね。ちなみにどのような経緯でこんなフォーメーションになったのか、そこは無粋なので触れませんが、間違いなく立ち退き問題でしょう。それにしても、両脇を駐車場に挟まれ、背後をスーパーに取られるという気分、押して測るべし。家主に阿部定の心意気が宿ったのでしょうか。まったくもって意味が分かりませんね。