abrimeteo06_Rameaux

北緯49度の百葉箱 6

殺戮の春

文・写真=

updated 05.11.2015

夕飯どきになっても外がいっこう暗くならないと思って気がつくと、今日からサマータイム。朝、時計の針を一時間すすめていたのだった。正式には未明の午前2時を3時とカウントするからくりによって、ここ一、二か月急速に延びてきた日没時刻が、一朝一夕にして1時間延びた。ぽかぽか陽気に気を緩めるや翌朝の霜で凍える、そんなことの繰り返しでも、目に見えて草木が芽吹き、花が咲きはじめ、春を実感する。

矮性のツゲ垣で囲った花壇が庭にある。ツゲといえば櫛だが、細かい艶葉のこの常緑樹は、剪定によって彫刻のように成形できるため、庭園に多用される。この技術はトピアリーと呼ばれ、例えば『シザーハンズ』のハサミ男が庭木をゴジラや人間のかたちに刈りこんでいたあれである。さて、わたしが植えたツゲは単なる円形の花壇の縁取りでしかないが、葉が込んで蒸れ気味だったので昨秋きつく剪定した。すると内部は葉が白茶け、すかすかに枯れていて、何本かは裸に剥かれたような貧相な姿になってしまった。力を盛りかえしてふたたび葉を茂らせるきざしをみせないまま冬を越した。

先日しゃがみこんでこの半死半生のツゲを観察すると、枝の先端でまるみのある葉が合掌したようにひっついている。はがすとなかに青虫がいた。青虫といっても、ツゲの幹の色に似て白っぽく、頭は黒く、頭から尻にかけて黒い点線が入っている。ちょうど数日前、園芸雑誌でツゲの害虫に関する記事を読んだところだった。アジアからの外来種でツゲを襲撃して枯らしてしまう恐るべき虫というのは、これのことだろうか。見ればそこここの葉が不自然にくっついていて、ひらけば百発百中の確率で幼虫が潜んでいる。百発百中といって喜んではいられない。せっかく春になったのに新芽が出ても食われてしまう。

「鹿を逐って山を見ず」と言うが、わたしは山ばかりを見て、まったく鹿に気づいていなかった。情けない姿のツゲを直視するのを無意識に避けていたのだろうか。去年産みつけられた卵が、最近になって孵化したところなのだろうか。だが、卵らしいものは見あたらない。

分厚い園芸用の革手袋を、細かい作業のしやすいゴム手袋にかえ、指で葉をよりわけて、見つけた先から虫をつぶしにかかった。幼虫はごく小さく体長5ミリほど。蜘蛛の糸状の繊維で隣接する葉をとじ合わせてシェルターとし、ぬくぬくとそこに居ながらにして葉から養分を摂取しているようだった。敵ながら巧い身の隠し方である。これなら鳥からも身を護れるだろう。だが、隠れの手口がわかればこちらのもの。せっせとくっついた葉をはがしては、つぶしていく。見つけた虫を指で葉に押しつけ、枝になすりつけ、あるいは二枚の葉でサンドしたままつまみ、すると簡単に破裂し体液をはじけさす。はじめのうちこそ、つぶすたびにかすかな緊張をおぼえたが、その感覚も鈍くなる。体長10センチの太いナメクジはとてもじゃないが殺せないのに、体長5ミリの細い青虫なら苦もなく殺戮できるのは、不思議というか分かりやすいというか。わたしはサルではないから分からないが、サルの蚤とりのように飽きずにえんえんと続けてしまいそうだ、が、きりがない。剪定するのが手っとり早いと思いたつ。

春先は剪定の季節ではある。だが、すでにつんつるてんみたいなツゲをさらに剪定するまでもないと考えていた。ところが、目を凝らし、細かい枝をかきわけ葉をまさぐるうち、実は枝の表面から新芽が吹きだしているのに気づいたのだ。ほとんど葉がなく裸同然のツゲの枝にも、なぜか虫が這っているのは、まだ吸いとれる樹液がある、つまり生きているという証なのかもしれない。そんな希望がもてればこそ、すかすかでみすぼらしいツゲに剪定ばさみを入れられる。刈った枝葉は燃やそうかと思ったが、風が強いのでやめ、できるかぎり拾い集めて密閉ゴミ箱に棄てた。

表面の枝葉を刈りこんで大粛清相成ったかといえば、やはり事はそう簡単ではなく、まだまだ青虫は見つかるのだった。毎日暇を見つけてはしゃがみこんで青虫つぶしである。

そんなある日、日刊紙『フィガロ』の園芸ページでこの害虫が取り上げられていた。名はピラル(pyrale)といい、2007年にストラスブールに上陸、またたく間にフランス全土を席捲した。ということはヨーロッパのほかの国々にも広まっただろう。「ヴェルサイユ宮殿の庭をつくったルイ14世の庭師、トピアリーの考案者でもあるアンドレ・ル・ノートルも、墓の中でのけぞる脅威」と記事にある。パリではリュクサンブール公園もバラで有名なバガテル公園もやられたらしい。対策の研究が進められ、開発された成虫捕獲用の罠がこの春、発売されるという。

エコロジックかつエコノミックに植物の世話をしたい者としては、殺虫剤や罠よりも手でつぶすのが一番気楽である。幸か不幸か、植物の数も多くない。ただ、青虫が孵化し葉をむさぼり食うスピードに、手作業の殺戮が追いつくのか。そして、ツゲが青虫の蝕害をものともせずに、どこまで新芽を吹かせ成長してくれるのか。予断を許さない春である。