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北緯49度の百葉箱 1

コマドリ

文・写真=

updated 12.24.2014

冬になるとコマドリが庭に来る。フランス語で「ルージュ・ゴルジュ」と呼ばれるその小鳥は文字どおり胸が赤い、というか胸が鮮やかな朱色でひときわ目立つ。フランスでは一年を通して人家の周辺に棲む鳥である、と、どこかで読んだことがあるが、どちらかといえば冬鳥のイメージがあった。最近、フランスのコマドリの一部は冬になると南方へ移動し、そのかわり北方、西方から流れてくるコマドリがいるという記述を読んだ。したがって、少なくともわたしの身のまわりでは冬のほうがコマドリを見かける率が高くなるのだろう。

コマドリといえば『秘密の花園』で、登場人物のうちに挙げたいほど重要なモティーフとなっている。主人公の少女メアリが孤児となって預けられた屋敷にベン・ウェザスタッフという老庭師がいるが、誰ともうちとけない気難しく頑固なこの老人が唯一コマドリにだけは心を許し、それこそめろめろなのである。つるバラの庭を丹精していた屋敷の若奥様が夭逝して以降、封印されていた「秘密の花園」。その木戸の鍵のありかをメアリに教えてくれたのもコマドリではなかったか。コマドリがイギリスでこよなく愛されていることがうかがえる文学作品である。

コマドリのどこがそれほど愛らしいのか。手のひらにすっぽり包みこめそうな小ささ、小枝のようなか細い足、マチ針の玉のようなつぶらな瞳、そして胸に刷かれた朱の鮮やかさ、と、その外見の愛らしさを列挙していくことはできる。だが、それだけではないだろう。むしろそんな外見のか弱さ可憐さとは裏腹の無謀なまでの大胆さにこそある。ことさら好奇心が強いのか、小さき者弱き者としての自己認識がないのか、ふと気配に顔をあげると目と鼻の先にいたりする。

一時期、薪割りに精を出していたことがある。伐採した大木を暖炉用の薪にするため、長さ50センチメートルほどに輪切りした丸太を縦に割っていく。断面部分に鉄の楔の尖端をあて、槌で打ち込んでいくのだが、この槌はちょうど野球のバットほどのサイズで、柄の先端に重さ5キロの鉄の塊がついた大ハンマー、うっかり落とせば足が潰れかねない代物である。これを振りかぶって楔の頭めがけて打ち下ろす。楔が木の繊維にきれいに沿って打ち込まれれば丸太はスコンと割れる。重いものを振り回す危ない作業で、おのずと神経を集中せざるを得ない。ハンマーを振りかぶって打ち下ろす一連の軌道に迷いがあれば、先端の重心がぶれて打ち込む力が弱くなるばかりでなく、あらぬ方向へ打ち下ろしかねない。狙いを定め息をつめてハンマーを振るう。そんな作業のあいまに一息ついて、ふと見ると、コマドリが立てかけたハンマーの柄のてっぺんに、あるいは薪割り台にしていた切り株にあどけない顔してちょこんととまっているのである。圧倒的に危険な強者であるこちらのほうが返ってひやひやし、その臆面のなさにベン・ウェザスタッフでなくともほだされる。

自分より十倍大きいカササギに食って掛かるように接近しているのを見たこともある。ほかの種に対して好奇心旺盛に働きかけ、強者弱者の序列に与せず、むしろそれを侮るようなふてぶてしさ。コマドリは小さく可憐なその外見を裏切るこんな振る舞いにおいてこそ愛されるのだろう。