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散歩の凡人01 新橋編その一

高架下の名画座

文・写真=

updated 05.07.2014

JR新橋駅・烏森口を出て、品川方面に向かって線路沿いを歩いていくと、高架下に映画館がある。新橋文化劇場と新橋ロマン劇場である。前者は洋画の二本立て、後者はピンク映画の三本立てが基本。いわゆる名画座で、シネコンのようなピカピカの空間とは正反対、だいぶ年季が入っている。

その日は新橋ロマン劇場で日活ロマンポルノの三本立てを鑑賞した。『実録不良少女 姦』(藤田敏八監督、一九七七)、『嗚呼!おんなたち 猥歌』(神代辰巳監督、一九八一)、『少女娼婦 けものみち』(同、一九八〇)という組み合わせで、この三作、すべて内田裕也が出ているというのがミソ。いつもは中高年のサラリーマンや、もう仕事を引退したらしいご隠居さんしか見かけないのに、このときはチャーミングな女性客がぽつぽつ座っていて、けっこう不思議な光景である。内田裕也がいまどきの若い女性に人気があるとも思えないのだけど。

新橋文化劇場の開館は一九五七年(昭和三二年)。当初はニュース映画の専門館だったそうで、いまとなっては「ニュース映画って何?」という感じだが、テレビが普及する前、国内外の話題を伝える映像メディアがニュース映画だった。一九五〇年代後半は映画業界の黄金期。一九五八年は映画館の総入場者数が戦後最高を記録した年である。こうした状況も後押ししたのだろう、一九五八年からは洋画中心の「新橋文化劇場」と邦画中心の「新橋第三劇場」が加わり、三館体制で営業していたという。現在の「新橋文化劇場」と「新橋ロマン劇場」の二館体制となったのは一九七九年(昭和五四年)から。ちなみに『晴れ、ときどき殺人』(井筒和幸監督、一九八四)のエンドロールで、一九八〇年代の新橋文化劇場と新橋ロマン劇場がちらっと映る。

映画館のありかたとして、高架下というのはかなり特殊な部類に入ると思う。なんといっても、上映中に「ごおおおおっ!」という電車の走行音が響きわたるのは、日本広しといえどもこの劇場くらいだろう。それに加え、新橋ロマン劇場でかかるピンク映画は、フィルムの状態が悪いものも多い。内田裕也特集の際は、三本すべてが退色しているうえ、チラチラと細かな傷が入りまくっていた。だが、劣悪な上映環境や傷だらけのフィルムが、むしろ恩寵のように思えてくるあたりが、この劇場の面白いところで、『グラインドハウス』(二〇〇七)を含め、自作がここで上映され、大勢の観客が詰めかけたことを知ったら、クエンティン・タランティーノは狂喜するだろう。ここは現存するグラインドハウスなのだ(誰かタランティーノに教えてやってほしい)。

新橋文化劇場や新橋ロマン劇場には、繁華街の猥雑な空気や劇場の古びた佇まいが織り込まれている。ここでの映画体験は、身体性をともなっている分、まさに“体験”であり、それはつねに一回限りのものだから、記憶に深く刻み込まれることになる。

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追記:俳優の蟹江敬三が二〇一四年三月三〇日に亡くなった。享年六九。この訃報を受け、新橋ロマン劇場では蟹江敬三特集を組む(五月九日〜五月一五日)。『天使のはらわた 赤い教室』(曽根中生監督、一九七九)、『犯す!』(長谷部安春監督、一九七六)、『花芯の刺青 熟れた壷』(小沼勝監督、一九七六)の三本立てとのこと。