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散歩の凡人20 上野その二

天気は上々散歩にと上野の山を訪のうた

文・写真=

updated 03.23.2015

上野オークラ劇場は不忍池のほとりにある。池があるということは、そこが低地であることを示す。低地にはピンク映画館があり、そこから上野の山をのぼっていくと、高台のあたりには博物館や美術館が立ち並ぶ。高級文化と大衆文化が高低差によって区分けされているのである。なんというわかりやすい地勢。

上野公園は正式な名称を上野恩賜公園という。恩賜というからには、皇族ないしそれに類する者から賜ったのであろう。案内にはこう記されている。

 

上野恩賜公園は、明治6年の太政官布達によって、芝、浅草、深川、飛鳥山と共に、日本で初めて公園に指定されました。ここは、江戸時代、東叡山寛永寺の境内地で、明治維新後官有地となり、大正13年に宮内省を経て東京市に下賜され「恩賜」の名称が付いています。当初は、寛永寺社殿と霊廟、東照宮、それに境内のサクラを中心にした公園でしたが、その後、博物館や動物園、美術館などが構築され、文化の薫り高い公園へと衣替えがされました。(上野恩賜公園、公園案内より)

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文化の薫り高い公園なのだと図々しくも自ら宣言しているが、それが嫌味にならないのが上野公園の上野公園たる所以である。さて、こんな機会でもなければまじまじと西郷隆盛の銅像を見ることもないだろうから、まずは維新の三傑の一人、西郷どんに挨拶をしておく。1898年(明治31年)落成、高村光雲作。続いて清水観音堂の観音様にもお目もじを。清水観音堂は1631年(寛永8年)天海により建立。

公園の中央付近、いわばヘソに当たるあたりには摺鉢山が鎮座している。この丘は5世紀後半に築造された前方後円墳の名残りらしい。そう言われなければ古墳の一部とはわからないし、逆にそう言われてみると、こんもりと盛り上がったつくりになっているから、丘そのものが古墳に見えないこともない。大塚初重監修『東京の古墳を歩く』(祥伝社新書、2010年)から引く。

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上野山内には小型円墳が多く存在していたようで、当時は摺鉢山古墳がどのような形であったのか判明しないが、墳上には五条天神が鎮座していたようで、天神山と呼ばれた時期もあった。天海は1631(寛永8)年にその墳上に清水観音堂を建立しており、墳丘は江戸時代にはすでに大きく損なわれていたと思われる。この清水観音堂も元禄年間に南に移され、現在では国指定の重要文化財となっている。(大塚初重監修『東京の古墳を歩く』より)

 

明治(西郷隆盛)から江戸(清水観音堂)、そして一気に古墳時代(摺鉢山古墳)へ。凡人は坂を上がるごとに時間を遡っていく。このまま東京国立博物館に飛び込めば弥生や縄文に行き着くが、いったん近現代に戻るとしよう。

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摺鉢山の隣には正岡子規記念球場がある。正岡子規と野球にいったい何の関係があるのかといえば、これが大ありで、子規は若い頃、上野公園で野球を楽しんでいたのである。2002年(平成14年)には「野球を詠んだ短歌、俳句も数多く見られ、新聞や自分の作品の中で紹介し、野球の普及に多大な貢献をした」として、文人には珍しく野球殿堂入りも果たした。こうした来歴を踏まえた上で、球場名が正岡子規記念球場に改められたのは2006年(平成18年)のこと。脇には句碑も建てられた。

春風やまりを投げたき草の原 正岡子規

句碑を通り過ぎると、いかにも現代ふうといったつくりの奇妙な構造物が見えてくる。動物園前交番である。現代というかポストモダンというか。建物としては小ぶりだが、スチールを多用した外観は独特のかたちをしており、アニメに登場するロボット戦闘機の顔にも見える。1992年竣工、黒川哲郎設計(この奇抜さは渋谷の宇田川派出所と双璧をなす。こちらは1985年竣工、鈴木エドワード設計)。

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ちなみに上野公園一帯は近現代建築の宝庫で、有名どころを挙げると、国立西洋美術館(1959年開館、ル・コルビュジエ設計)、東京文化会館(1961年開館、前川國男設計)、法隆寺宝物館(1999年開館、谷口吉生設計)、国際子ども図書館(2000年開館、安藤忠雄による改修設計)などがある。凡人がもっとも好きなのは東京文化会館である。こと上野において、前川は師匠筋のル・コルビュジエを完全に凌駕している。

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久しぶりに上野動物園を散策するか(しかし今日は寒い)、それとも上野精養軒で昼飯を食うか(しかしまだ腹は空いていない)などと思案しながら、子ども遊園地の周辺をぶらぶら歩き回り、やはりすこし体が冷えてきたから屋内に避難しようと思い直し、ならば美術館か博物館に入ろうと考える。この日の気分に従えば、あまり集中力を要せず、ぼんやり眺めるだけでいいような、そんな展示が好ましい。適度に休憩できるスペースがあればなお良いが、となると東京国立博物館の常設展が思い浮かぶ。ひとまず公園内のスターバックスで熱い珈琲を飲んでから向かうとする。

注:エレファントカシマシの楽曲「上野の山」(作詞作曲:宮本浩次)の一節をタイトルに流用しています。