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散歩の凡人24 鶯谷その三

芋坂の団子売る店にぎはひて団子くふ人団子もむ人

文・写真=

updated 06.05.2015

子規庵にあった近辺の案内図にねぎし三平堂という記載があり、これはいったい何だろうと尋ねたところ、林家三平の思い出の品々を展示した記念館であるという。凡人などは「どーもすいません」というギャグをおぼろげに覚えている程度でしかなく、そもそもこれもスネークマンショーのパロディによって知ったのであり、当然リアルタイムでの活躍は記憶にないのだが、まあせっかくだから寄り道していこう。後から気づいたことだが、このねぎし三平堂、「どーもすいません」に引っ掛けて、1週間のうち、土(どー)・水(すい)・日の3日しか入れないらしい。この日はたまたま開堂日だったのである。三平師匠のお導きであろうか。

さほど期待もせず軽い気持ちで入ったら、これがなかなか楽しい場所である。階段をのぼっていくと、三平師匠自らお出迎え(もちろんパネル)。室内は抜けのよい大広間となっており、脇にはちょっとした高座も設けられていて、そこにも三平師匠(のパネル)がちょこんと座っている。

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1965年(昭和40年)「踊って歌って大合戦」(日本テレビ)の司会者を務めたことが象徴するように、林家三平は従来の演芸場だけでなく、テレビやラジオなどマスメディアにも積極的に出ていった。当時の台本が山のように残されていて、メディアの寵児だったことがうかがえる。愛用品も並んでおり、シャネルの香水を巡る松田優作とのやりとりに笑う(酒と称して飲ませたとか)。三平師匠は柳屋のポマードを使って頭髪を撫でつけていたようだが、柳屋のポマードっていまでも売っているのかしらん(後日調べたらちゃんと製造していた)。

仕事机の上には写真立てや筆記具と共に地球儀が並んでいる。正岡子規も文机に地球儀を置いていたと子規庵の方から教わったばかりである。林家三平も正岡子規も共に言葉の技芸に関わる人間であり、どちらも手元に地球儀があったという符号が面白い。そういえば若き日の子規と漱石が親交を結ぶきっかけになったのは古典落語である。

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ちょっとのぞくつもりが長居をしてしまった。小腹が空いてきたので日暮里方面を目指す。この後、羽二重団子に向かうのであるが、住宅街からいったん表通りの尾久橋通りに出たのは、同潤会鶯谷アパートメントの跡地がどうなっているのか確認したかったから。1929年(昭和4年)に建てられた建物は、70年後の1999年(平成11年)に取り壊しとなり、現在は高層マンションとドラッグストアが並んでいた。

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日暮里駅が近づいてきた。その手前に羽二重団子がある。「団子の栞」から引く。

文政二年、小店の初代庄五郎が、ここ音無川のほとり芋坂の現在地に「藤の木茶屋」を開業し、街道往来の人々に団子を供しました。この団子が、きめがこまかく羽二重のようだと賞され、それがそのまま菓名となって、いつしか商号も「羽二重団子」となりました。(羽二重団子「団子の栞」より)

文政二年を西暦に直すと1819年。おおよそ200年もの歴史を持つ老舗である。しかし団子は団子であり、庶民の味である。老舗といっても、別段、敷居が高いわけではない。凡人のような者が気軽に休憩できるところがよいのである。品書きにはいくつかバリエーションがあるけれど、凡人はいつも「だんご」を頼む。「1人前・2本一皿 あん・焼き各1本 煎茶急須付き」とシンプルな仕立てで540円。こしあんの餡団子と醤油味の焼団子、2つの味が楽しめる。うれしい。

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羽二重団子は文人たちに愛された店でもある。夏目漱石、正岡子規、泉鏡花、田山花袋、久保田万太郎、舟橋聖一。日本近代文学は如何にして団子を発見したか。後世の研究者に期待したい。「正岡子規と当店」というおぼえがきをもらったので、そこから引く。

子規居士が上根岸八十二番地に居を構えたのが、明治二十五年である。爾来亡くなる明治三十五年までの十年間随分とご愛顧を頂いたと当店四代目は伝える。『仰臥漫録』から明治三十四年九月四日の日記を抜粋すると、『芋坂団子を買来たらしむ(これに付き悶着あり)あん付き三本焼一本を食う』とある。多分悶着とは妹の律さんと当店の団子のことで言い争いがあったのであろう。旺盛な食欲が日記から推察でき、死を目前にした子規居士の人間味を髣髴させる。(羽二重団子「正岡子規と当店」)

子規の逸話にならい品書きには「正岡子規 漫録セット」もある。「あん付き三本焼一本」で1080円。凡人は子規のように食欲旺盛ではないから、団子を4本も食べると胃もたれしそうである。よって2本のみに留めた次第。同様に「岡倉天心 陶然セット」なるものも用意されており、「冷酒グラス 焼き二本(グラスビールでも可)」で864円。こちらは春先から夏場あたりによさそうである。

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