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散歩の凡人13 秋葉原その一

散歩のとき何か食べたくなって

文・写真=

updated 01.07.2015

神田駅から秋葉原駅に向かう場合、高架下を歩いていくより、中央通りを北に向かう方がいい。須田町の交差点を突っ切れば万世橋に辿り着き、秋葉原はもう目と鼻の先である。その前に寄り道をする。

須田町の“味の三角地帯”のことを知ったのは小林信彦のエッセイであった。だが、それが何に載っていたのか本棚を探しても見つからない。代わりに矢吹申彦『東京面白倶楽部』(話の特集)から引く(どうでもいいことだが、小林信彦と矢吹申彦、どちらもノブヒコですな)。

「旨いものの老舗は東京にいくらもあるが、この三角地帯、辿り着くだけで六軒もの旨い店にありつけるといった、客にはよほど余録な処なのである。とは云っても、ここは決して味の◯◯横丁を名乗るようなコビた処ではない。戦禍を逃れた、いかにも東京の下町然とした様子の良い老舗が、多分、偶然に集中しているだけの、実にさり気なく、不思議な処である」

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この文章が収められている『東京面白倶楽部』は、1984年に話の特集から刊行された(凡人は、30年後の2014年、阿佐ヶ谷にある古書コンコ堂で買った)。おそらく刊行当時、1980年代半ばにおいても「戦禍を逃れた、いかにも東京の下町然とした様子の良い」風景は珍しいものだったはずだが、この一帯は再開発が続く東京にあって、現在もおっとりとした表情を残している。矢吹の言う「六軒もの旨い店」とは、甘味処の「竹むら」、蕎麦屋の「かんだやぶそば」と「神田まつや」、鶏すきやきの「ぼたん」、あんこう鍋の「いせ源」、洋食屋の「松栄亭」のことで、いずれも現役である。

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凡人がこのあたりを歩いたのは、ちょうど昼飯時。蕎麦か洋食のどちらにしようかと迷ったものの(松栄亭の「洋風かきあげ」は夏目漱石に由来する食べものとして有名である)、竹むらで甘いものを口にしたいという気持ちも強かったから、それなら軽く蕎麦を啜った後に、粟ぜんざいなりあんみつなりを食べればいい、と算段する。

蕎麦屋はやぶそばとまつやの2軒あるが、凡人が入るのはいつもまつやである。蕎麦の味云々が理由ではなく、小ぶりな空間が落ち着くというだけの話。落ち着くといっても、まつやにしたって人気店だから、時間によっては店の前に人が並んでいるし、そもそも蕎麦屋であるから、蕎麦を食ったらさっさと勘定を済ませるのが作法というものだろう。まあ、日の高いうちから酒を呑んでぐだぐだするという愉しみもあるにはあるけれども、それはまた別の機会に。

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ちなみに、もう一方のやぶそばは2013年の火事で一時休業したが、2014年秋にめでたく営業再開。やぶそばを語る際の「池波正太郎行きつけの店」というようなフレーズはほとんど枕詞と化している。まつやで天ぷら蕎麦を平らげた後は、竹むらに移り、あんみつを頼む。ここもまた池波正太郎行きつけの店として有名である。池波の『散歩のとき何か食べたくなって』(新潮文庫)から引用する。

「いまも〔竹むら〕の粟ぜんざいの、香ばしく蒸しあげた粟となめらかに練りあげた餡のコンビネーションは依然、私の舌を楽しませてくれる。それに、この店の女店員のもてなしぶりのよさはどうだ。いかにも、むかしの東京の店へ来たおもいが、行くたびにするのである」

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ところで、古色を帯びた店内には若い客の姿もちらほら見えて、今時の若者たちは渋い趣味をしているのだなあと単純に感心していたのだけれども、この竹むら、『ラブライブ!』というアニメに出てくるらしいということを、後日知った。主人公の実家「穂むら」のモデルになっているのだそうだ。ははあ、あれは昨今流行りの聖地巡礼というやつだったのか。東京都選定歴史的建造物に指定されている空間が、まさか萌えキャラと結びつくとは思いもよらなんだ。劇中の登場人物も池波が評したように「女店員のもてなしぶりのよさ」を発揮しているのだろうか。

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