東京国立博物館(トーハク)は日本最古の博物館である。最古といっても明治期に遡る程度であり、おおよそ140年ほど前に誕生した。同館の「館の歴史」より引く。
東京国立博物館は明治5年(1872)3月10日、文部省博物局が湯島聖堂大成殿において最初の博覧会を開催したとき、わが国最古の博物館としてその産声をあげました。博物館は開館後間もなく内山下町に移転、次いで明治15年に上野公園に移り、現在にいたっています。(東京国立博物館「東博について〜館の歴史」より)
ここは本館、平成館、表慶館、東洋館、法隆寺宝物館などで構成されており、すべてを見て回るとなると一日がかりになる。この日は本館で「みちのくの仏像」という特別展が開催されていて、こういう大々的に宣伝をしている企画は混み合っているだろうから、あまり気が進まなかったのだが、チケット売り場で周囲の雰囲気に流され、なんとなく入場券を買い求めてしまった。
とりあえず会場をのぞくと、青森、秋田、岩手、山形、宮城、福島の寺社仏閣から、国宝や重要文化財を含む19体の仏像が勢ぞろい。これは明らかにみうらじゅんの影響だが、ウルトラヒーロー大集合のような光景である。無論、そんな無粋な見方をしている者は少数に違いなく、場内に詰めかけている大半は善男善女であろう。凡人は足早にぐるりと巡っただけで退出する。もとから常設展をぼんやり眺めようという心持ちだったから、気分を切り替え、そちらを目指す。
常設展は展示スペースが広々としているところが好きである。とはいえ欧州の博物館や美術館に比べれば、館名に「国立」を冠した施設とは思えないほどこぢんまりとしている。だが飽きっぽい凡人にとっては、むしろこれくらいの広さの方が気楽である。これくらい、といっても、あくまでも本館のみの話で、平成館その他を加えれば、優に一日はかかるということはすでに触れた。
本館2階は日本美術の流れ、1階はジャンル別の展示という構成になっているから、2階の第1室から順々に回って、美術史のおさらいをするのもよいし、あるいは1階に並ぶ工芸品を眺め、精巧さに驚嘆するのもよい。凡人は何事においても適当につまみ食いするのが好きであるから、歴史的な文脈や文化的な背景には無関心を決めこみ、ぶらぶら歩きながら、ふとした拍子に目玉が反応したものだけを見ていくという、いい加減なやり方でうろつくのがいちばん楽しい。
大方の仏像は、仏像であるだけに、やはり一定の静謐さを湛えているが、第11室に立ち並ぶ十二神将立像の勇ましさは、まるでアクションフィギュアのようである。というよりも、むしろこうした収蔵物の数々をフィギュア化すべきではなかろうか。……という凡庸なことは、誰だって考えるはずで、実際、東京国立博物館と海洋堂の共同企画として、いくつかフィギュアが発売されている(十二神将立像はまだフィギュア化されていないようだが)。
凡人は刀剣類にも見惚れてしまう者である(具体的には刃の輝きよりも柄の部分の造作)。昨今は刀剣育成シミュレーションゲーム(とはいったいぜんたい何なのか)「刀剣乱舞」(とうらぶ、と読むそうである)なるものが人気を博しているようだから、そのうちこの静かな空間にもゲームファンが押し寄せるのかもしれない。……などと思っていたら、これまたすでに「最近、刀剣の展示についてのお問合せが増えております」とのことである(東京国立博物館・広報室のツイートより)。擬人化された刀剣を通して、刀剣そのものの魅力を発見/再発見するという錯綜した視線は、日本文化における見立ての精神と相通じるものがあるのかないのか。
第16室のアイヌと琉球のコーナーでは、今回「アイヌの飾り」と題し、祭具や衣服、工具や木工品に施された飾りや文様を紹介している。常設展とはいえ、そのときどきで内容が変わるから、今回、琉球の品々は見当たらない。それにしても「アイヌと琉球」といったかたちで、北方と南方がひとくくりにされているのは(現在の展示意図がどうあれ)かつてここが帝国博物館だったことの名残のようにも思えてくる。
第16室の隣、本館の裏手にあたる場所には休憩所が設けられている。窓の外には日本庭園が広がっており、春先や初夏であれば、ベランダに出て季節の風を感じるのもよい。さてと、ここで一息ついてから、次は浮世絵でも眺めに行こうか。