神田駅近くにある喫茶店「エース」の創業は1971年。2009年1月15日付けの朝日新聞によると「コーヒー界のエースになろう。そう弟たちと誓い、店名を付けた」とのこと。もともとは父親が始めた店だそうで、現在はSさん兄弟が切り盛り。ともに白シャツに黒のスラックス姿。清潔感あふれるおじさま方である。
その日、エースに入ったのは午前10時頃。平日の中途半端な時間だから、客も2〜3名しかいない。12時まではモーニングサービスを実施しており、Aセットはブレンドコーヒーとのりトーストで500円、Bセットはブレンドコーヒーとハムトーストで620円。どちらも20円増しでアイスコーヒーに変更することができる。名物はのりトースト。説明書きにいわく「発売から42年。焼海苔を挟んで焼いたバターと醤油味。珈琲との相性抜群」。相性抜群とまで言うのなら、Aセットを頼むしかないではないか(実際、美味かった)。
コーヒーをすすりつつ、店主と常連らしき男性との会話を聞くともなしに聞いていると、客の方は東京弁で喋っている。歯切れのよさが耳に心地よい。さすが神田。
「おかわりいかがですか? 12時まではサービスなので」
「コロンビアだからできねぇと思ってた」
「こういう小さな店だと、マニュアルがあってないようなものですから」
「◯◯とか△△はコーヒーうまくねぇんだよ。高いばっかりで。店も落ち着かねぇし」
テーブルの脇をみると「午前中(12時まで)はブレンドコーヒーのおかわり自由です。気軽にお声を掛けてください」とある。なるほど、ここにはブレンドコーヒーとしか書かれていないから、「コロンビアだからできねぇと思ってた」という常連の心持ちはわかる。それを察して二杯目をすすめる店主の気配り。
やりとりを耳にしながら、凡人もおかわりをしようかどうしようか迷っていたのだが、これまた店主がやってきて「おかわりいかがですか?」。ありがたく頂戴する。
エースの自慢は「世界のコーヒー40種類」を供しているところである。ストレートコーヒーは、ハイマウンテン、モカマタリ、キリマンジャロ、マンデリン、ブラジル……等々、定番が並ぶ。そちらもよさそうだが、気になったのはバリエーションコーヒーの方。たまたま席の真正面に大きなメニューが掲げられており、コーヒーの名前とともに簡単な解説が添えられていた。一部を抜き出す。
・ポンチェデカフェコンレーチェ(スペイン)……ミルクコーヒーの中にシェリー酒入り、ホイップクリームの上にクルミ入り
・ジャマイカンマジック(アメリカ)……ラム酒にホイップクリーム入り、シナモンシュガー付
・ホットモカジャバ(オランダ)……ホイップクリームの上にチョコレートの入ったオランダ風コーヒー
・アイリッシュコーヒー(アイルランド)……本場のアイリッシュ入り 北欧アイルランド生まれ
・メキシカンバターコーヒー(メキシコ)……コーヒーにバターをうかべて飲むコクのある味
凡人は普段、どこの喫茶店に入ってもブレンドしか頼まないという野暮天だが、こういう品書きを眺めていると、上から順番にひとつひとつ頼んでいきたいという思いに駆られてしまう。毎月違うコーヒーを飲めば、味と香りで世界漫遊ができそうではないか。スペイン、アメリカ、オランダ、アイルランド、メキシコ、フランス、ブラジル、イタリア、ベルギー、イギリス……。と書き出していて、サッカーの強豪国が多いことに気がついた。ワールドカップの開催中に訪ねても楽しそうである。