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散歩の凡人12 神田編その三

伊達邦彦による現金強奪の現場を歩く

文・写真=

updated 09.29.2014

小鷹信光が翻訳と評論を通してハードボイルド小説の魅力を伝えてきたとしたら、実作でそれを行ったのが大藪春彦である。大藪の『野獣死すべし』は、1980年に村川透監督・松田優作主演で映画化された。これは偶然だが、早川清文学振興財団から神田駅に戻ってきた際、『野獣死すべし』の主人公・伊達邦彦が、犯行後に地下鉄で移動し、神田駅で降りたことを思い出したのだった。

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伊達は翻訳で生計を立てているという設定で、銀座線で乗り合わせた刑事から「神田?」と尋ねられ、「ええ、出版社で翻訳の打ち合わせがあるものですから」と答えている。神田の出版社で翻訳ものといえば早川書房しか考えられない。もしかすると伊達はポケミスあたりを2、3冊訳していたのかもしれない。

松田優作演じる伊達邦彦は大金を強奪するべく銀行襲撃を図る。狙われたのは東洋銀行。もちろん架空の金融機関である。撮影では日本橋にある野村證券本店が使われた。この機会に伊達の犯行現場を歩くことにする。伊達の独白では、犯行後の行動はこうである。

「まず銀座線で神田に出る。それから山手線に乗り換えて、東京で降りる。そのまま熱海に直行か」

おそらく三越前駅か日本橋駅から銀座線に乗り込み、神田駅で降りたのであろう。凡人はその逆を行き、神田駅から銀座線に乗り、日本橋駅へと向かった。

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日本橋駅を出て日本橋川に向かって歩く(余談だが川にかかる日本橋には日本国道路元標がある)。橋を渡らず右手に折れると、軍艦ビルの異名を取る野村證券本店が川沿いにそびえたっている。

犯行現場を歩くといっても、日本橋から江戸橋に向かって200メートル程度の距離をぶらぶらするだけである。江戸橋に近づいた頃、建物の外観でも撮ろうかと、少し離れた場所からiPhoneを構えたら、本社ビルの中にいた警備員が通りに出てきて、なにやらこちらを訝しんでいる様子である。凡人が立ち止まり、撮影しようとしたのはせいぜい数十秒。にもかかわらず、不審な行動(?)に反応した警備員の敏捷さには感心してしまう。

凡人はそれには気づかぬふりをして、何事もなかったような顔で立ち去ったのだが、後日ネットで検索をかけたら、やはり松田優作ファンがカメラを向けようとして、警備員に怒られたというエピソードが見つかった。凡人は優作ファンを代表し、ここに謝罪の意を表する。

2014年3月18日付けの日本経済新聞によれば、この一帯、再開発計画が進んでいるという。記事を引用する。

「最大の課題は、再開発地区にある歴史的な建物をどうするか。なかでも注目されているのが、日本橋川のほとりにそびえる野村証券の本店だ。1930年に建築家の安井武雄氏が設計し、かつて大阪に本拠を構えていた野村財閥の東京進出の拠点ともなった。著名な画家による絵画も多数所蔵しているという。第2次世界大戦後はGHQ(連合国軍総司令部)が接収。「リバービューホテル」と呼ばれ、米軍やその家族が宿泊するホテルとして使った歴史もある」

1989年に松田優作が亡くなり、1996年には大藪春彦が亡くなった。野村證券本店ビルも、近い将来、取り壊されるのだろうか。あるいは昨今流行りのリノベーションによって生き永らえるのかもしれない。

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江戸橋を渡り、今度は日本橋に向かって歩く。日本橋から三越前を通って直進すれば、神田駅に着くはずだ。……と考えていたが、日本橋三越の裏手には日本銀行本店があることに思いあたり、折角なので日銀方面へ迂回することにする。建物が重要文化財に指定されていることもあるのだろう、外観の撮影をしても別段咎められることはなかった(なお、設計は辰野金吾である)。後で知ったことだが、事前に予約しておけば内部の見学もできるそうである。いずれ暇を見つけて申し込むことにする。

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