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散歩の凡人09 東京編その三

首塚の上のアドバルーン

文・写真=

updated 08.12.2014

東京駅から真っ直ぐ皇居方面に向かい、和田堀噴水公園を右に曲がって、しばらく行くと大手門が見えてくる。ここから皇居東御苑に入園できるのである。宮内庁のホームページを見ると「昭和35年1月29日の閣議決定に基づき,皇居東地区の旧江戸城の本丸・二の丸・三の丸の一部を皇居附属庭園として整備することになり,昭和36年に着工し,昭和43年9月に完成しました」とある。江戸城の本丸があった場所といっても、城そのものが復元されているわけではなく、シンボル的なものとしては天守台が残っている程度。まあ、石垣も立派ではあるが……。凡人は公園や庭園を愛する者ではあるが、どういうわけかここでは落ち着くことができず、半時間ほど散策したのみで、早々に退散してしまった。

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ふたたび大手門をくぐり抜け、半蔵門線大手町駅方面へと向かう。内堀通りと日比谷通りの間に平将門の首塚があることを思い出し、久々に詣でようというのである。

将門塚は1971年(昭和46年)に東京都指定旧跡となった。案内板にはこうある。

「平将門は、平安時代中ごろに関東地方で大規模な反乱(天慶の乱)を起こした人物です。徳治二年(1307)遊行寺二世真教上人が江戸に行脚した折、将門塚が荒れ果てていたため塚を修復し、板石塔婆を建てて傍らの日輪寺において供養したとされます」

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東京都教育委員会の文章だからか、将門の首を巡る伝説は記されていない。そもそも、どうしてここに将門を祀る塚があるのか。敷地内には将門塚保存会が「将門首塚の由来」という別の案内板を立てており、そちらには「首塚」という名前とともに、物語調の筆致で来歴をしっかり伝えている。なお、将門塚保存会は1960年(昭和35年)に結成された民間の保存団体とのこと。

まずは天慶の乱の解説。

「今を去ること壱千五拾有余年の昔、桓武天皇五代の皇胤鎮守府将軍平良将の子 将門は 下総国に兵を起し忽ちにして坂東八ヶ国を平定 自ら平新皇と称して政治の改革を図ったが 平貞盛と藤原秀郷の奇襲をうけ 馬上陣頭に戦って憤死した 享年三十八歳であった 世にこれを天慶の乱という」

しかし下総国(現在の千葉県北部)で戦死したのに、なぜ首塚が大手町にあるのか。その理由も将門塚保存会の案内板から引く。

「将門の首級は京都に送られ 獄門に架けられたが 三日後 白光を放って東方に飛び去り 武蔵国豊島郡柴崎に落ちた 大地は鳴動し太陽も光を失って暗夜のようになったという 村人は恐怖して塚を築いて埋葬した これ即ち この場所であり 将門の首塚として語り伝えられている」

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つまり斬首された将門の首は、いったん京都に送られたものの、無念のあまり東国に飛んで帰ったというのだ。そして首が落下した場所が現在の首塚なのである。将門は朝敵だったにもかかわらず、かつての江戸城、そして現在の皇居の目の前に、その御霊を祀る場所があるというのは、なんとも皮肉な成り行きである。また将門の怨霊伝説が前近代のみにとどまらず、近現代に入ってもなお、まことしやかに語られ続けてきたのは興味深い。中世史家の福田豊彦は『平将門の乱』(岩波新書、1981年)を著しているが、そのなかで20世紀に起きた不可解な出来事についても触れている。

「東京大手町の首塚は、大正一二年の関東大震災後、大蔵省仮庁舎建設の際に壊され、大蔵大臣以下十数人の工事関係者が相次いで死亡するという怪異がおこり、また終戦直後に進駐軍のモータープール建設の際、整地に当ったブルドーザーがその石標に当って横転、運転手が投げ出されて間もなく死亡したといわれ」云々。

前述の将門伝説によると、御首(みしるし)は白光を放ち、大空を駆け抜けるほどの強大な霊力を持っていたわけだから、首塚を破壊しようとする者共に祟をなすのは、なるほど理の当然と言えよう。

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ところで首塚の周囲にはカエルの置物が沢山並んでいる。これは左遷されたビジネスマンが必ず帰ることを祈願して奉納したものだそうで、将門の首が東国へ帰ってきたこと、つまり「帰る」と「カエル」をかけた伝承である。こうなってくると怨霊伝説とはあまり関係がなく、単なる語呂合わせでしかないが、これはこれで言霊の幸わふ国ならではの民間信仰として面白い。

語呂合わせではないが、表題に掲げた『首塚の上のアドバルーン』とは、後藤明生の連作小説集のタイトル。内容はおぼえておらず、後日確認したところ、将門の首塚とはまったく関係のない話であった。素っ頓狂な言葉の並びが気に入って流用しただけで意味はない。

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